2014年11月7日金曜日

「痔」Part4

リハビリには、そこに鉄砲の玉のような長いものを差し込むのです。
それを徐々に太くしていくのが唯一のリハビリ方法でありました。

毎朝のリハビリタイムは恐怖の時であります。
順番が1人、また1人と近づく度に、自然と痛みと脂汗が出てくるのです。
その病気の治療とリハビリは28年前、そんな原始的なものであったのです。
その名医はノーベル賞こそ逃したものの、「内田病院」という沼田一の大きな病院を設立し、私のように長年、その痛みと苦しみに耐えてきた多くの患者さんを今も救っているのです。

治療もリハビリも今や、超楽になっています。

ちなみに私は一ヶ月位入院していましたが、つい10年前にお世話になった私の兄(会長)は3日で退院でありました。

内田先生は私にとって神様であります。
28年経った今もその想いは変わりません。

「ありがとうございました」
(これはこんなブログにお付き合いいただいた皆様へのかんしゃの気持ちです)

「俺の空 今日の空 上を向いて歩こう!」

2014年11月6日木曜日

「イスラム国への参加?」

この国というか、日本人の若者というか、終わったな感があります。
戦争は自国(自分?)の欲望を満たすために、武力で相手を倒そう、解らせようとする事で、命懸けのケンカです。それも大量の命が失われる殺人行為です。
そして、そのもっとも残虐な殺戮行為をしているのがイスラム国という勝手に国を作ってしまった殺人集団なのであります。
その殺人集団へ自分の思うようにならないから参加しちゃおう、うっぷんばらしをしちゃおう的な日本人が出てきちゃいました。

つい最近の事と思っていたオウム事件から20年。

まだまだその勢力は衰えていない教団をそのままにしているこの国の異常さが、こんな若者を作ってきてしまっていると思います。

愛国心。
帰属意識。
利他主義。
命の尊さ。

日本の教育は、家庭はどうなってしまったのだあーーー!

「俺の空 今日の空 上を向いて歩こう!」

2014年11月3日月曜日

「痔」Part3

いよいよ、覚悟して国立渋川病院、名医と誉れ高い深谷の医院。
浦和に名医が居ると聞いて浦和へも。
どこも見立ては同じ大手術。
沼田に超有名な専門医がいらっしゃると聞いて沼田へ。

女房と相談して同じ入院するなら、名医の沼田の医院さんがいいという事になりました。

その名は「内田外科医院」!
「古内さん、あなたは私と出会って幸せですよ、何故なら私が完璧に治しますから!」

その言葉に嘘はありませんでした。

15年間痛み苦しんできた呪縛から解き放たれたようなおももちでした。
しかし、手術後、ベッドに横たわる私の側を人が近づくだけで激痛が走る、あの感触はそこがひと一倍、敏感な所であるからなのでしょうか。

それはそれは想像しただけでも空恐ろしいことでありました。

そして、そこの機能回復のリハビリも又、なかなかのものでありました。
次回乞うご期待!!

「俺の空 今日の空 上を向いて歩こう!」

2014年11月2日日曜日

「痔」Part2

それ以降、私はその病と壮絶な戦いを15年間続ける運命をたどることになるのです。
残りの高校生活は何かにつけて、「先生、痔が・・・」
と言っては授業をさぼり、体育は見学。
そして無様な成績で高校を卒業するのでありました。
その後社会人になってイボ痔の内痔核から外痔核に病は進化し、日々尻の穴との格闘が強いられるのであります。

当然、トイレタイムは長くなり、社内のトイレでは他の社員に迷惑になるため、トイレのたくさんあるデパートや公共トイレを好むようになりました。

今でもデパートのトイレは大好きです。

病の進化はさらに続き、毎日、大量の出血も体力を消耗させます。
患部が患部なだけに、我慢に我慢を重ねて症状は悪化の一途。
遂には這って歩く始末。

さて、この顛末は如何に?

「俺の空 今日の空 上を向いて歩こう!」

2014年11月1日土曜日

「痔」Part1

じ? ぢ?車を走らせていると時々見かける『「ぢ」◯◯薬局』。
走りながら「?」・・・「じ」じゃないの?
と思って30年。
今日初めてブログにアップしました。

私のこんな素朴な疑問。

45年前にその「字」に出会ってから私は長ーーいお付き合いをしています。
高3の時、前橋駅前の専門医を紹介され宇都宮から電車にゆられてやってきました。
「イボ痔(外痔核)」でした。
糸で縛ってイボを腐らせて除去させる超原始的な処置法でした。
麻酔が切れて死ぬほどの痛みに襲われて、駅のトイレで1時間、汗と涙で耐えた時の事を今日の日の事のように覚えています。

続きは明日。

「俺の空 今日の空 上を向いて歩こう!」